是日、上野精養軒に於て、当博覧会総裁伏見宮博恭王主催晩餐会開かる。栄一、副総裁として出席し、謝辞を述ぶ。
- 日付
- 1926-10-18(day)
- 和暦
- 1926年 (大正15)
- 伝記資料 階層
- 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 2部 実業・経済 > 7章 経済団体及ビ民間諸会 > 2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会 > 11款 博覧会 2. 中外商業新報社創立五十週年紀念産業文化博覧会
- 巻
- 第56巻
- 頁
- p.359-p.360
伝記資料 本文
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集会日時通知表 大正一五年
第56巻 p.359集会日時通知表 大正一五年 (渋沢子爵家所蔵) 十月十八日 月 午後六時 産業文化博総裁宮ヨリ御案内(上野精養軒) 平服ノ事
中外商業新報 第一四六〇三号 大正一五年一〇月一九日 産業文化博 総裁宮の御招宴 ゆふべ関係者を召されて
第56巻 p.359-360中外商業新報 第一四六〇三号 大正一五年一〇月一九日 産業文化博 総裁宮の御招宴 ゆふべ関係者を召されて 創立五十年を記念するわが社の産業文化博覧会も開会以来、予想外の盛況裡に会期の半ばに到達したが、総裁伏見宮博恭王殿下には昨十八日渋沢副総裁・簗田会長以下顧問・評議員其他の関係者を上野精養軒に招かれて、一夕の盛宴に深くその労を犒らはれた ◇ 午後六時、殿下には佐藤宮務監督・田中事務官・御堀御附武官を従へられ会場に御着、同六時二十分戸山学校軍楽隊の奏楽裡に食堂は開か - 第56巻 p.360 -ページ画像 れた、殿下の両側には浜口・町田の両大臣、殿下の正面に渋沢副総裁その右に簗田会長といふ順に席が定まる、デザート・コースに入るや殿下は一同のために新しく盃を挙げられる、そこで渋沢副総裁が立つて、御饗応の御礼と殿下が産業開発に対する思召しに添ひ奉る御挨拶とを申上げ、続いて平山成信男が立つて、一同殿下の御健康を祝し奉る乾盃をして宴を終つた。 ○下略
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是日、救世軍ブラムエル・ブース大将当院を参観す。栄一当院院長として之を案内す。
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是日、当会館主催シルヴァン・レヴィ教授及びフランス共和国学士会院理学部常任幹事アルフレッド・ラクロア教授紹介午餐会、当会館に催され、栄一出席す。
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是日栄一、救世軍大将ブラムウェル・ブースを案内し、東京市養育院を視察せしむ。
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十月十八日(月) 半晴 午後一時ヨリ霊南坂小﨑弘道方ニ老人旧友会ヲ開ク。来会者十六七名、今日ハ特ニ聖書翻訳ニ従事シタル松山高吉氏及ビ三十年以上社会事業ニ従事シテ政府ヨリ表彰セラレタル原胤明、佐竹音次郎、和田秀豊其他ノ老人ヲ招待シテソノ回想又ハ感想談ヲ開キ、且席上揮毫等ヲナシ夕食ヲ共ニシテ分レタリ。松山氏ハ八十一才ナレトモ中々元気ナリ。如何ニシテ自分ガ聖書翻訳ニタヅサハルニ至リシヤ、其由来ヲ語レリ。
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