渋沢栄一 LOD ビューア
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是日栄一、阪谷芳郎との連名にて、東京銀行倶楽部に於て、東京帝国大学に新聞学講座設置の件に関する発起人会を催す。

日付
1928-3-3(day)
和暦
1928年 (昭和3)
伝記資料 階層
3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 1部 社会公共事業 > 5章 教育 > 3節 其他ノ教育関係 > 12款 東京帝国大学関係 2. 新聞研究室
第45巻
p.480-p.483

伝記資料 本文

この綱文の根拠となる出典史料の本文 6 件

  1. 新聞学講座設置ノ件書類

    第45巻 p.480-482

    (渋沢子爵家所蔵) (封筒表書) 図表を画像で表示--   昭和二年七月二十六日丸ノ内事務所○渋沢ニ於テ、中外商業新報社長簗田𨥆次郎氏持参シタル、新聞学講座ヲ我カ帝国大学ニ設置スヘキニ関スル意見書、及欧米諸国ニ現在セル参考書類

  2. 集会日時通知表 昭和二年

    第45巻 p.482

    (渋沢子爵家所蔵) 十月十五日 土 午後壱時 小野秀雄氏来約(事務所)

  3. 渋沢栄一 日記 昭和三年

    第45巻 p.482

    (渋沢子爵家所蔵) 二月十九日 晴夕曇 寒気強シ ○上略 午前十時小野秀雄氏来訪、曾テ協議シ来レル新聞学専門ノ科目新設ノ事ニ関シテ種々ノ協議ヲ為シ、書類ヲ点検ス○下略 ○中略。 二月二十四日 晴 寒気厳ナラズ ○上略 小野秀雄氏ノ来訪ニ接シ、帝大学校ニ新聞紙記者ヲ養成スル科目ヲ置クコトニ関シテ、爾来ノ運動継続ニ付種々協議ス○下略

  4. (増田明六)日誌 昭和三年

    第45巻 p.482

    (増田正純氏所蔵) 二月廿九日 水 晴                出勤 ○上略 本日の来訪者 1小野秀雄氏 新聞研究の件で、来三月三日正午銀行倶楽部で、発起人《(会脱カ)》を開きたいとの阪谷男爵の言伝を持つて来た ○下略 ○中略。 三月三日 土 晴                 出勤 ○上略 午後三時阪谷男爵の御催で、日本倶楽部に於てマグネシアブロツク会社設立の件に付き人を集められたので、夫れニ出席する積で居た処へ簗田𨥆次郎・小野秀雄両氏来訪にて、新聞講坐を東京帝大に設くる事に就て其基金を醵集する為め、来十日京浜の重なる実業家を集むるニ付き、其人名を選定して呉れとの依頼であつた、子爵よりも同様の申付があつたので、急き四十名を選定書き出した、為之遂ニ右ニ出席ニ時刻を失し、乍不本意欠席の旨を電話で通知した ○下略

  5. 新聞学講座設置ノ件書類

    第45巻 p.482-483

    (渋沢子爵家所蔵) 拝啓、益御清祥奉賀候、然者予テ御承知ノ新聞研究ノ件ニ付、一度発起人会ヲ開キ諸事御打合申上度、来ル三月三日午前十一時半麹町区永 - 第45巻 p.483 -ページ画像 楽町東京銀行倶楽部ニ御集リ願度、此段御願申上候 敬具 昭和三年二月廿九日           渋沢栄一 阪谷芳郎 追テ当日粗飯用意致置候、御出席ノ有無御一報願度、又当日ハ左ノ諸氏ニ御出席願置候 岡田良平氏  三土忠造氏 上田万年氏  三上参次氏 徳富猪一郎氏 杉村広太郎氏 太田正孝氏  伊藤正徳氏 本山彦一氏  簗田𨥆次郎氏 (次第不同)

  6. 新聞学講座設置ノ件書類

    第45巻 p.483

    (渋沢子爵家所蔵) 昭和三年三月三日午前十一時半於東京銀行倶楽部 (太丸・太字ハ朱書) ○岡田良平氏 欠三土忠造氏 ○三上参次氏 欠上田万年氏 欠徳富猪一郎氏 国民新聞 欠杉村広太郎氏 朝日新聞 ○太田正孝氏 報知新聞 ○伊藤正徳氏 時事新聞 ○本山彦一氏 日々新聞 代松内則信氏 ○簗田𨥆次郎氏 中外商業 ○渋沢栄一 ○阪谷芳郎 ○小野秀雄 以上十三名 内 出席九名 欠席四名

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