是日、東京帝国大学に於て、当講座として、新渡戸稲造の米国史及び美濃部達吉の米国憲法の講義開始せらる。
- 日付
- 1918-2-16(day)
- 和暦
- 1918年 (大正7)
- 伝記資料 階層
- 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 1部 社会公共事業 > 5章 教育 > 3節 其他ノ教育関係 > 12款 東京帝国大学関係 1. ヘボン氏寄付講座
- 巻
- 第45巻
- 頁
- p.455-p.458
説明
是日、東京帝国大学に於て、当講座として、新渡戸稲造の米国史及び美濃部達吉の米国憲法の講義開始せらる。 三月二十一日、栄一、東京銀行倶楽部に当講座関係者を招待して晩餐会を催す。
伝記資料 本文
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渋沢栄一電報控 エー・バートン・ヘボン宛 一九一八年二月一六日
第45巻 p.455(渋沢子爵家所蔵) (電報) 一千九百十八年二月十六日 渋沢栄一 紐育 エー・バートン・ヘボン様 講座成立、本日開講、聴衆堂に満ち終始満足を以て聴講せり - 第45巻 p.456 -ページ画像
ヘボン講座関係書類
第45巻 p.456(東京帝国大学本部庶務課所蔵) 子爵は大正八年二月十六日ヘボン氏に対し、左の電報を発せり。 「講座成立、本日開講、聴衆堂に満ち、終始満足を以て聴講せり 渋沢」 二月十七日、渋沢子爵の電報に接して満悦に堪へざる旨ヘボン氏より返電ありたり。子爵は同年三月二十三日付書面にて、臨時講師は法学部教授新渡戸博士・美濃部博士及吉野博士を依頼することをヘボン氏に報告せり。又講演開始前二月九日講座開始式を挙行し、子爵が一場の演説をなしたること、並にモーリス氏・石井子爵・渋沢子爵・目賀田男爵及井上準之助氏等は山川総長の懇請に応し、基金管理者たることを快諾せる旨を伝へられたり。ヘボン氏は子爵に送れる四月十六日付の書面に於て、臨時講演者として前述の三博士を選択せられしことを感謝すること、戦争の為め計画せし日本行も実行不可能の事など記述せり。 大正七年八月、ヘボン氏は東京帝国大学に日本公債額拾弐万円及現金参千円を寄附せし功績に対し天皇陛下より金杯壱組を賜はる。 ○下略
集会日時通知表 大正七年
第45巻 p.456(渋沢子爵家所蔵) 二月十六日 土 午后一時 ヘボン氏講座講演(帝大法科大学三十二号教室)
渋沢栄一 日記 大正七年
第45巻 p.456渋沢栄一日記 大正七年 (渋沢子爵家所蔵) 三月二日 晴 風強ク寒気殊ニ強キヲ覚フ ○上略一時帝国大学ニ抵リ、米国歴史米国憲法ノ講義ヲ聴ク、ヘボン氏ノ設置シタル講座ナリ、歴史ハ新渡戸博士、憲法ハ美濃部博士ナリ ○下略 ○中略。 三月十六日 雨 ○上略午飧後帝国大学ニ抵リ、ヘボン講座ノ講演ヲ聴聞ス、新渡戸博士ノ米国史ナリキ、畢テ同博士ト談話シ、三時事務所ニ抵リ○下略 ○中略。 三月二十一日 晴 風ナクシテ寒威モ日々減退スルヲ覚フ ○上略六時銀行倶楽部ニ抵リテ、ヘボン講坐ノ件ニ付、大学総長及学長教授諸氏、一方ニハ委員一同ヲ招キテ夜飧ヲ饗シテ、講坐開設以後ノ模様ヲ談話ス、米国大使・石井子爵・目賀田男爵モ委員トシテ来会シ種々談話アリ、夜九時過散会ス
集会日時通知表 大正七年
第45巻 p.456-457(渋沢子爵家所蔵) 三月十六日 土 午後一時 ヘボン講座御出向(帝大内)(法科三十二番室) ○中略。 - 第45巻 p.457 -ページ画像 三月廿一日 木 午後六時 ヘボン氏講坐ニ関スル御会合(銀行クラブ) ○中略。 五月十六日 木 午前十時 山川帝大総長来約(兜町)
ヘボン講座書類(一)
第45巻 p.457(渋沢子爵家所蔵) 大正七年三月二十一日午後六時於銀行クラブ ヘボン講座委員諸氏招待会 (太丸ハ朱書) 委員 ○男 目賀田種太郎 同 ○子 石井菊次郎 同 ○井上準之助 同 ○ローランド・エス・モーリス ○男 山川健次郎 ○土方寧 ○小野塚喜平次 ○新渡戸稲造 ○吉野作造 ○主人 ○右姓名上ノ○印ハ出席ノ印ナリ。
竜門雑誌 第三五九号・第七一頁 大正七年四月 ○青淵先生のヘボン氏講座関係者招待
第45巻 p.457竜門雑誌 第三五九号・第七一頁 大正七年四月 ○青淵先生のヘボン氏講座関係者招待 青淵先生には三月廿一日午後六時より東京銀行倶楽部に於て、過般帰朝せる遣米財政経済委員長目賀田男の歓迎を兼ね、東京帝国大学法科大学内に今回新設せられたるヘボン氏講座委員及び関係者を招待して一夕の宴を催されたり。米国知名の実業家エー・ビー・ヘボン氏が、日米親善の一助として、東京帝国大学法科大学内に米国に関する講座寄附希望に付、其意を青淵先生に致して、同大学との交渉を頼し越せるは本誌既載の如くなるが、而も東西万里を隔つることゝて、書状の往復以て其意を尽さゞるものあり。幸ひ目賀田男の渡米を機とし、爾後の該講座交渉経過、及び先生の意見等を同男に托して、之をヘボン氏に伝達せられたるに、彼我の情意充分に貫徹し、講座亦従つて迅速に進捗成立せる関係上、青淵先生は、玆に両者を招じて、懇なる祝意交歓の宴を催されたるなりと云ふ。 因に当夜の出席者諸氏左の如し。 目賀田種太郎男 ローランド・エス・モリス 石井菊次郎子 井上準之助(以上四氏該講座委員) 山川健次郎男 土方寧 小野塚喜平次 新渡戸稲造吉野作造(以上講座関係教授)
渋沢栄一書翰控 エー・バートン・ヘボン宛 一九一八年三月二三日
第45巻 p.457-458(渋沢子爵家所蔵) 紐育 - 第45巻 p.458 -ページ画像 エー・バートン・ヘボン様 一千九百十八年三月二十三日 渋沢栄一 拝啓、益御清適奉賀候、然ば去る十二月中御通信申上候以来、山川総長は該講座担当準備のため米国に留学せしむるに適当なる青年学者を熱心に物色中に有之候、一方貴下の御希望に添ふ様新教授任命迄の講師として、既に法学部の新渡戸博士・美濃部博士及び吉野博士を任命せられ候 新渡戸博士及び美濃部博士は、去る二月十六日講義を開始せられ、吉野博士は四月中に開講の計画に御座候、新渡戸博士は米国史、美濃部博士は米国憲法を講ぜられ、外交の講義は、吉野博士の担当と相成べく候 二月十六日の開講に関しては既に電報にて申上候が、是れに先立ち該講座開始式は二月九日挙行せられ、山川総長・新渡戸博士・美濃部博士、吉野博士及び老生列席仕り、老生は学生に対し演説をなし、唯米国の歴史憲法及び外交に関する智識を得るのみにて満足することなく更に進むで日米間の親善を増進する為全力を傾倒する義務あることを自覚せざるべからず、蓋し崇高なる精神を有せらるゝ寄附者の動機も此処に存するが為めなり、と申述候 講義は大概各土曜日午后一時より大学法学部の学生のために開かるゝことに相成居候得共、大学当局は広く聴講を許可する意見に御座候 山川総長の懇請に依りモーリス大使閣下・目賀田男爵・石井子爵・井上氏及び老生等総べて委員たることを承諾仕候間御承知置被下度候 右得貴意度如此御座候 敬具
集会日時通知表 大正七年
第45巻 p.458五月十六日 木 午前十時 山川帝大総長来約(兜町) ○中略。 十月廿三日 水 午前十時 山川帝大総長ヲ大学ニ御訪問
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