渋沢栄一 LOD ビューア
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是日、青山会館に於て、当軍講演会開かれ、栄一出席す。

日付
1926-10-17(day)
和暦
1926年 (大正15)
伝記資料 階層
3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 1部 社会公共事業 > 4章 道徳・宗教 > 4節 キリスト教団体 > 1款 救世軍
第42巻
p.137-p.138

伝記資料 本文

この綱文の根拠となる出典史料の本文 3 件

  1. 集会日時通知表 大正一五年

    第42巻 p.137

    (渋沢子爵家所蔵) 十月十七日 日 午後二時半 救世軍講演会(青山会館)

  2. 竜門雑誌 第四五八号・第八七頁大正一五年一一月 青淵先生動静大要

    第42巻 p.137

    竜門雑誌 第四五八号・第八七頁大正一五年一一月 青淵先生動静大要 十月中 十七日○中略救世軍講演会(青山会館)

  3. ときのこゑ 第七三五号大正一五年一一月一五日 歓迎!勝利! 各地に於けるブース大将

    第42巻 p.137-138

    ときのこゑ 第七三五号大正一五年一一月一五日 歓迎!勝利! 各地に於けるブース大将 ▽東京の集会 ○上略 同日○大正一五年一〇月一七日午後二時より、同じ会場○青山会館にて大講演会、これには若槻総理大臣・徳富猪一郎氏・阪谷芳郎男・米国大使、其他知名の士が出席された。山室少将の祈の後 若槻首相は「大将の来朝に際し、一言歓迎の言葉を述ぶることを欣幸に存ずると。」冒頭し、日本救世軍創立のことより、救世軍創立当時のことを述べられ、大震災に於ける活動、健全なる思想涵養に努力する点を挙げ、前大将のことから、現大将の来朝に及び懇切なる歓迎の辞を述べられた。 大将が起ちて、その懇切なる歓迎の辞に対して、謝意を表し「救世軍は精神である。主義である。」とて『救世軍の由来及び主義』に就て述べられた。これは大いなる感動を与へた。 阪谷男爵は「日本国民として大将に御礼を申上げたい。」といはれ - 第42巻 p.138 -ページ画像 「山室少将等の熱心な働によつて、日本の欠陥が補はれてゐるのを見て、山室少将は自分より賢いと思つた。」などといはれ、徳富猪一郎氏は「大将の話を聴いて、頭も心もせいせいしたことと思ふ、自分の心も、空中に舞ひ上つた心地がした。」「救世軍は製造したのではなく、生長したのである、生長したのには原因がなくてはならぬ。」「救世軍は秩序と法律との味方である。」「宗教家は兎角理窟に流るゝが、ブース大将が実行を重んぜらるるのは結構である。」といはれた。 会衆は大会館に満ち.三千人以上を算した。それでも入り切れず、地下の二つの室が人で溢れ、三階も人で一杯であつた。四千人以上に上つたであらう。それで空しく帰つた人もあつた。大将は第一・第二会場で語り、第三会場はカニンガム少将、第四会場は山室少将が大将に代つて語られた。 ○下略 ○右記事中ニ栄一ノ名見エザレド、前掲「竜門雑誌」ニ所載アレバ、出席シタルナラン。

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