是日、当協会主催にて、アメリカ合衆国上院議員セォドール・イー・バートン他六名を東京銀行倶楽部に招待して午餐会を催す。
- 日付
- 1919-9-20(day)
- 和暦
- 1919年 (大正8)
- 伝記資料 階層
- 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 1部 社会公共事業 > 3章 国際親善 > 2節 米国加州日本移民排斥問題 > 8款 日米協会
- 巻
- 第35巻
- 頁
- p.571-p.572
説明
是日、当協会主催にて、アメリカ合衆国上院議員セォドール・イー・バートン他六名を東京銀行倶楽部に招待して午餐会を催す。栄一出席す。
伝記資料 本文
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集会日時通知表 大正八年
第35巻 p.572(渋沢子爵家所蔵) 九月二十日 正午 日米協会午餐会(銀行クラブ)(バートン氏等歓迎会)
(日米協会) 邦文記録 第壱号
第35巻 p.572(社団法人日米協会所蔵) 大正八年度 第十九 午餐会 一、時日 大正八年九月二十日 二、場所 東京銀行倶楽部 三、司会者 金子会長 四、出席会員 九十名(姓名略之) 五、来賓 上院議員テオドル・イー・バートン氏、大使館附武官チヤールス・バーネツト中佐、同ボードウヰン中佐(帰国)、デイ・エチブレーキ氏(帰国)、ゼー・ジヨイナー氏(来朝中)、ヘンリー・エル・シエリング博士(同上)、エチ・エー・エンズウオーズ氏(帰国) 六、演説 金子会長各来賓ニ対シ各別ニ歓迎送別辞ヲ述ベ、之ニ対シテ左ノ順序ニヨリ各答辞アリタリ バートン氏、バーネツト中佐、ボードウヰン中佐、ブレーキ氏
竜門雑誌 第三七七号・第五七頁大正八年一〇月 ○日米協会午餐会
第35巻 p.572竜門雑誌 第三七七号・第五七頁大正八年一〇月 ○日米協会午餐会 日米協会にては前大統領候補者たりしバートン氏を始め目下来朝中の米国名士多数なるを機とし、去九月二十日丸の内銀行倶楽部に於て午餐会を開催したる由なるが、米国人側としてはバートン氏を始め米国貿易会社支配人ブレーキ氏・新任米国大使武官バーネツト中佐及米国大使館員其他知名の士来会し、又日本人側としては青淵先生を始め金子子・島村海軍々令部長・埴原外務次官・井上日本銀行総裁・梶原横浜正金銀行総裁・樺山愛輔・小池国三・大谷嘉兵衛其他朝野の名士来会し、出席者百余名、近来稀なる盛会なりし由。
〔参考〕中外商業新報 第一一八一九号大正八年二月二〇日 ○日米協会午餐会
第35巻 p.572中外商業新報 第一一八一九号大正八年二月二〇日 ○日米協会午餐会 日米協会にては来二十八日渡米す可き後藤男及新渡戸博士送別を兼ね、尚ほ目下来朝中なるデユイ博士及過日帰朝せる高峰博士を招待し、二十二日正午丸の内銀行倶楽部に於て午餐会を開く由。
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